クイックに理解する「中国事業からの撤退」

経済成長著しい中国に日本の大手のみならず中小企業も多く進出しましたが、昨今のゼロコロナ政策や経済成長の鈍化等の要因に伴い、中国現地法人の事業の撤退に舵を切った、ないし検討を始めた企業が多いという話を聞いています。また、実際に最近お会いした経営者との会話の中でも、中国事業から手を引くことの大変さについて質問を受けました。

かつて、大掛かりなM&AのPMI(ポスト・マージャー・インテグレーションの頭文字)のプロジェクトの一環で、私自身も中国現地法人の清算手続きに携わった経験もあることから、今回は中国での事業から撤退する際の手続きの概要をまとめてみました。

個別具体的な現地の法規制や法解釈については、別途法律専門家の方にお問い合わせいただく必要がありますが、「中国の撤退戦がどういうものか」について、全体像の理解の一助になれば幸いです。

事業の撤退手法

中国現地法人(外商投資企業)の事業をストップする場合、多くのケースで以下の3つの方法が実際に検討の土台に上がってくる方法になります。

この3つの方法は「事業を止める」という点では共通していますが、それぞれの方法にメリット・デメリットがあり、慎重な検討が必要です。ただ、迅速な手続き完了、撤退に要する労力やコストを考えると、中国現地法人の株式譲渡が最も低負荷でかつ効率的であることから、この選択肢が可能かどうかを最優先で検討し、それが叶わない場合に、消去法的に会社の解散・清算を視野に入れるのが得策となります。

中国事業の撤退が難しい理由

2014年1月14日に日本経済新聞が『中国撤退「イバラの道」』という記事を世に出し、世のビジネスパーソン(特に中小企業の経営者)に衝撃をもたらしました。実際に中国に進出したものの、成果が出ずに泣く泣く中国を撤退した経営者の方々が口を揃えて言っているのが

「中国でのビジネスは出ていくよりも撤退する方が何倍も難しい」

という現実でした。色々な記事や報道等を見聞きするのみではなく、私自身もクライアントの中国現地法人の清算プロジェクトに携わり、なかなか手続きが進まないストレスと焦燥感を実際に味わいました。

上記のイラストに関して1点補足すると、通常清算は会社が負う債務を全額返済できる能力を有することが前提で、これができなければ(1つでも支払いができない債務があれば)破産となり、人民法院(裁判所)への申立てによる破産手続きを経て、法人格を抹消する手段を取らざるを得なくなります。

上図のとおり、破産手続きは工数やコストが格段に増加するだけでなく、日本の親会社やグループ会社のレピュテーションリスクを生じさせる可能性が非常に高いことから、実務上は債務超過にならないように追加資金を投入する等、細心の注意が払われています。

※ なお、アンダーソン・毛利・友常法律事務所が発行している “中国からの撤退・事業縮小のポイントの最新動向” によると、裁判所は外資系の中国法人からの破産申立てを事実上受理しない、という取扱いがいまだ一般的、とのこと。

中国事業撤退に要する期間

撤退プランは政府当局の承認手続き等に大きく依存するため、スケジュールが読みにくいという現実はありますが、一般的に言われているタイムラインは以下のとおりです。

中国現地法人の株式の売却先が見つかって、株式譲渡がスムーズに行われるとすれば、およそ1年くらいで撤退が完了する見込みです。しかしながら、買い手候補をタイミングよく見つけることは困難を伴い、仮に見つかったとしても、条件等の面で交渉が決裂することも少なくなく、相応のハードルが存在することは覚悟が必要です。

次に、手続き完了まで一般的に12ヶ月以上の期間を要する「解散・清算手続き」について、より詳細に示すと以下のとおりとなります。

解散・清算手続きに関して、ほとんどの企業は、必要書類を準備し、政府当局への提出を支援するために、現地の法律事務所に依頼します。複雑なプロセスを考えると、弁護士がプロセス全体をリードすることが効率的といえます。

加えて、税務当局への必要書類のために、現地会計事務所に依頼して、資産査定や財務書類に関する監査報告書の発行を依頼することも不可欠となります。また、上図ステップ6にも記載のとおり、税務問題が清算手続きの長期化に繋がりやすい点は十分に考慮が必要です。税務当局にとって税金の徴収漏れがあってはならないので、抹消登記に先立ち、過去(概ね2〜3年)に遡って税務調査が実施されます。

よって、弁護士や会計士といった専門家の稼働時間が多くなることに伴って、専門家の報酬が高額になることは覚悟が必要です。

経済補償金の支払い

中国の現地法人を解散・清算をする際、従業員の整理解雇を行う必要があり、「経済補償金」を支払う必要があります。中国企業は日本企業のように退職金制度を設けている会社が多くないことから、ある意味、この経済補償金が退職金に相当するもの、というイメージになります。これは労働契約法という中国の法律で計算方法を含めて規定されています(同法46条)。この経済補償金の計算に関する特徴的なルールは以下のとおりです。

ただし、上記の法的に定められた計算式に基づいて算定された経済補償金の金額は議論のベースとなる金額として見做される傾向があり、この金額にどれだけ上乗せ(追加加算)するかが、従業員との調整事項になります。算定された金額よりも高額な経済補償金を支給したとしても法律上は全く問題はありませんので、実務上、法定された金額よりも多額の経済保証金を要求されるケースが多いと言われています。この上乗せ分が少なければ従業員からの反発を招き、撤退手続きの遅延に繋がります。

なお、この経済補償金の件で、中国国内から称賛された事例として、キヤノンの中国デジカメ工場「佳能珠海(キヤノン珠海)」のケースが有名です。キヤノン珠海は経済補償金の上限を定めず、法定算定金額に追加で1ヶ月分の月給を上乗せした上、春節の慰労金も従業員全員に支給しています。

中国からの撤退費用

先ほど取り上げた2014年1月の日本経済新聞の記事『中国撤退「イバラの道」』において、当時でも

「従業員50人、日本人3人程度の中規模の日系企業でも撤退費用は1億円、期間は2~3年もあり得る」

という専門家の意見を紹介しています。さらに想定されるコストは従業員の補償金だけではなく、取引先からの違約金請求、納入先の支払い拒否リスク、加えて市の補助金や免税などで得た分の返還を求められる可能性すらある、と。まさに撤退を決めた企業に「イバラの道が待っている」と、日本企業の悶絶状態を報じています。

撤退に要する費用の内訳ですが、これまでに紹介したものも含めて、主なものを挙げてみます。

  • 清算完了までの会社の維持管理コスト(人件費やオフィス賃料等)
  • 経済補償金(法定の補償金 × 1.1~1.3が目安)
  • 専門家の報酬(法律事務所や会計事務所)
  • 公告費用
  • 清算時点に存在する債務弁済費用(債権との差額分)
  • 税金関連費用(特に税務調査により発生する追徴課税等)
  • 製造業特有の撤退費用(原状回復費用、環境調査費用等)

最後までやり切る責任感

中国撤退話において、冗談半分で「莫大な債務を負って命からがら日本に逃げ帰ってきた」という話を耳にすることがあります。確かに経営者の身柄に危害が及ぶ恐れがあるようなケースは仕方ないかもしれませんが、やることをやらないで単に「撤収」することは現地法律違反になりますし、今後に大きな禍根を残すことになります。

中国での不適切な撤退活動、すなわち正式な手続きを放棄したり(夜逃げ撤退含む)、必要な要件をすべて満たさない状態での撤退は、処罰リスクが高く、広範囲に悪影響を及ぼします。例えば、以下のようなことが挙げられます。

  • 取締役や株主に罰則や罰金が科される
  • 会社の法定代理人は、債権者に与えた損害に対して個人的に責任を負う
  • パスポートを取りあげられて出国禁止
  • 当該違反行為への関係性が疑われる会社の従業員は、直ちに国の「ブラックリスト」に登録される
    ブラックリストに登録されると、
    • 将来、中国での投資や経営に携わることが困難ないし不可能になるリスクが発生
    • 銀行口座の開設、ローンの確保、不動産の購入や賃貸が困難
    • 法定代理人は3年間、他社の取締役、マネージャー、スーパーバイザーへの就任が禁止
    • 外国人(中国人以外)の従業員の中国出入国禁止
    • 3年間の中国国内での社名が使用禁止
  • 悪質な場合は逮捕される可能性あり

中国撤退、一筋縄ではいかない、極めて複雑かつ煩雑な作業になりますが(さらに我々にとって外国でもあるので)、愚直に「現地の法律を遵守する」ことが何よりも大事、と肝に銘じる必要があります。

また、訴訟リスクや清算手続き長期化を回避する観点から、従業員との間で円滑に話し合いを進めることがとても重要になり、誠実かつ慎重な対応を心掛けることも必須です。


<参考文献>

  • 山田ビジネスコンサルティング株式会社 “YBC vol,5 中国現地法人 撤退の実務” 2016/1
  • リーガレックス合同会社 “【中国法務】中国事業からの撤退シリーズ①:撤退の方法” 2022/6
  • リーガレックス合同会社 “【中国法務】中国事業からの撤退シリーズ②:経済補償金” 2022/6
  • アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 “中国からの撤退・事業縮小のポイントの最新動向” 2020/6
  • “中国からの脱出は「風林火山」” 2015/4 Newspicks
  • FDI China “How To Close A Company In China” 2022/4
  • INS Global “EMPLOYEE TERMINATION & SEVERANCE PAY IN CHINA” 2018/1
  • 経済産業省 “第51回 海外事業活動基本調査概要”
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