2023年、経済界を揺るがした一大トピックが、セブン&アイホールディングス(以下、7&i HD)による百貨店子会社そごう・西武の海外投資ファンドへの譲渡でした。これに伴い、そごう・西武の労働組合が61年ぶりという歴史的なストライキを敢行し、業界に衝撃を与えました。
しかしながら、2024年に入ると、この一連の出来事は急速に人々の関心から薄れていきました。かつて白熱した議論を巻き起こしたこの案件は、いつしか日常会話に上ることもなくなり、メディアでも取り上げられる機会が激減しました。時間の経過とともに、この騒動は静かに、しかし確実に過去の出来事となっていったのです。
今回は、この「そごう・西武」の売却に伴い、実際に会計的にどのような影響額が7&iHDにあったのか、7&iHDの公表資料から紐解いてみたいと思います。なお、本分析は公開情報に基づいており、非公開の内部情報にはアクセスできる立場ではないため、一部に筆者の推論が含まれていることをあらかじめお断りしておきます。
そごう・西武のバランスシートと株式価値を振り返る
まず、2023年度第2四半期の決算説明資料によると、2023年2月期のそごう・西武のバランスシートは以下のような状況だったことが分かります。
一方、2023年8月31日に公表された「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動に関するお知らせ」から、債権放棄や損失補填が行われない前提での株式価値は、債務超過に伴いゼロ評価になっていたであろうと推測されます。
「バランスシートを見ると、総資産が4,028億円もあるのに、企業価値は2,200億円なのはなぜ?」と思う方もいらっしゃるかと思います。株式価値は総資産の規模ではなく、将来獲得できる将来キャッシュ・フローの総和として算定されますので、バランスシートとは違う目線で算定されることになります。結果、売却元の7&iHD、及び売却先のFortress Investment Group LLC(以下、「フォートレス」)との間で双方合意できた実力値がこの「2,200億円」となります。
(参考:クイックに理解する『企業価値評価』)
そして、7&iHD、フォートレスの協議の結果、7&iHDによるそごう・西武に対する債権放棄や損失補填を条件として、以下の取引条件になったことが最終的にこの8月31日のプレスリリースで発表されました。
なお、細かい内訳は詳細に発表されていませんので、多分に筆者による推測が含まれますが、最終的にそごう・西武の株式価値(100%株式全ての譲渡価額)は0.85億円、すなわち8,500万円となっています。
そごう・西武の売却時のバランスシート
次に、筆者が7&iHDの2024年2月期の有価証券報告書から読み解いた推測の数字を紹介します。
まず、減損会計適用前のバランスシートは以下のとおりであったことが読み取れます。売却に伴い、7&iHDの連結範囲から除外されるため、未実現損益等も純資産の算定に織り込まれています。
そして、このバランスシートに実際の百貨店事業に関する減損損失110億円が反映され、結果的に純資産が884億円に減少します。この結果、上述の株式売却価値8,500万円(0.85億円)との差額が、7&iHDが計上したそごう・西武グループの売却に伴う株式売却損失と一致します。
そごう・西武株式の売却に伴う7&iHDの獲得キャッシュ
最後に、この株式譲渡に伴い、7&iHDにどのくらいのキャッシュインパクトがあったかを分析してみました。ここで、重要なのは「対価調整」が入っていることです。
本件については、詳細な開示がなされていないため、あくまで筆者の推測になりますが、そごう・西武の売却交渉及び話がまとまった後に、恐らく買い手であるフォートレスにとって不利な状況になり、合意価格の引き下げが必要な状況になったのではないかと思われます。
一般的にM&A取引においては、売買契約締結時(サイニング)と実際の所有権移転時(クロージング)の間に時間差がありますので、この期間中の企業価値の変動を反映させる要素に対して調整が行われます。価値変動要素としては、予想外の利益や損失の発生、主要資産の増減などがよく考慮されます。
今回のケースでは、221億円の対価調整が入っています。これは、7&iHDにとって不利に働きますが、一方で、元々そごう・西武に対して同額の債権を持っていたことから、この対価調整と未収入金を相殺する形で、売却取引への影響をゼロとしています。もしかすると、対価調整として、そごう・西武が7&iHDに対して負う債務の弁済免除となるよう、同額の対価調整にしたのかもしれません。
結果的に、7&iHDはそごう・西武の株式の売却に伴うキャッシュフローは360億円となっています。
まとめ
360億円のキャッシュイン――この数字だけを見れば、7&i HDにとって好材料に映るかもしれません。しかし、その裏には長年のそごう・西武の業績不振による負の影響があり、さらに今回の売却取引では916億円の債権放棄と180億円近い損失補填を伴っていたことを看過してはなりません。
7&i HDとそごう・西武の10年以上にわたるパートナーシップは、最終的に厳しい現実に直面しました。そごう・西武の4期連続最終赤字、約3,000億円に上る有利子負債(7&i HDグループからの財務支援を含む)という苦境は、新たなスポンサーの下での抜本的改革を不可避なものとしました。7&i HD傘下での成長戦略が実を結ばなかったことは、この売却劇の背景となっています。
確かに、この売却により7&i HDは長年の経営課題の一つを解消しましたが、これで安泰というわけではありません。イトーヨカドーの経営不振や、主力のコンビニ事業の業績悪化など、同社の前には依然として多くの難題が横たわっています。この激動の経営環境下で、7&i HDがいかにして難局を乗り越え、新たな成長戦略を描くのか。その舵取りに、市場の注目が集まることでしょう。
<参考>
・7&iHD 2024年2月期有価証券報告書
・7&iHD 2024年2月期第2四半期 決算説明資料
・7&iHD 2024年2月期第2四半期 決算説明会 質疑応答資料
・「セブン、そごう・西武売却完了でも残る後味の悪さ」, 東洋経済ONLINE(2023/9/20)
・「セブン、そごう・西武の債権900億円放棄 31日売却決議」、日本経済新聞(2023/8/30)
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