プレIPOラウンドでのPrivate Placement

企業の成長と発展において、資金調達は極めて重要な要素です。特に上場企業や大企業にとって、株式や債券を通じて広く資金を募る「公募(Public Offering)」は伝統的な手法として知られていますが、近年、その代替手段として「私募(Private Placement:以下「PP」)」が再び注目を集めています。このトレンドは、2020年12月に日本証券業協会が私募に関するルール改正を実施したことが大きな契機となりました。

このルール改正により、私募は投資家保護の観点から透明性が強化されつつ、企業にとっては資金調達手段としての柔軟性が維持され、成長企業にとって有力な選択肢として再評価されました。

前述のルール改正前は、情報開示の不足や法規制、透明性の欠如が主な要因となり、VC以外の投資家、特に海外の機関投資家やPEファンドが私募市場に参入するのは困難でした。これにより、私募市場はVCを中心に運営されていました。しかし、2020年の改正によりこれらの制約が緩和され、広範な投資家層が参加できる市場へと進化しました。

しかし、2022年以降の世界的な金融環境の変化が、この市場の状況を一変させつつあります。

特に、米国の政策金利が急速に引き上げられ、高止まりしている状況が、Private Placementを取り巻く環境に大きな影響を与えています。金利の上昇により、企業の資金調達コストが増大し、投資家はリスクの高いスタートアップや成長企業への投資を躊躇するようになっています。これに伴い、多くの投資家がリスクを避け、セカンダリーマーケット、つまり上場企業の株式や既存の資産に資金をシフトする傾向が強まっています。

また、近年はスタートアップや新興企業への投資に慎重な姿勢を取る投資家が増えています。半導体バブルやフィンテック企業の低迷を含む一連の市場変動を受けて、特に新興企業への投資で痛い目に遭った投資家が多く、これが成長企業向けのPP市場にも影響を与えています。これまで活発だったスタートアップ向けのシリーズAやBラウンドの資金調達は停滞し、以前ほどの勢いが見られなくなっています。

さらに、従来PPを通じて活発に資金を提供していたベンチャーキャピタル(VC)やプライベートエクイティファンド(PE)も、慎重な投資姿勢を取る傾向が強まりつつあります。特に、リスクが高いとされるテクノロジー分野のスタートアップや新興企業は、成長の停滞や資金流入の減少に直面しています。VCやPEファンドは、これまでのリスク重視の投資戦略から、より安定的で成熟した企業への投資にシフトする動きを見せており、このこともPP市場の活力を抑制する一因となっています。

とはいえ、全てのPP市場が停滞しているわけではありません。安定した事業基盤を持つ企業や、特定の成長分野に属する企業に対しては、引き続き投資家の関心が集まっています。特にエネルギー、ヘルスケア、グリーンテクノロジーなど、将来性が見込まれる分野では、PPを通じた資金調達が有効に機能しており、今後の成長が期待される企業にとっては引き続き重要な手段となっています。

本記事では、この”Private Placement”の概要と効果、また、投資家にとっての魅力やリスク、企業がどのように私募を活用できるか、について解説したいと思います。

IPOにおけるマーケティング

IPOに向けたスケジュールは、企業が上場準備を進める上での重要な計画です。一般的に、上場を目指す企業はN期(上場期)に向けて、N-1期(上場準備期)は上場期の予行演習に該当します。このスケジュールの中で、Private Placement(PP)は、上場に向けた重要な資金調達手段として位置付けられています。

PPは、N-1期の3Qから4Qにかけて、上場前に企業が資本を強化するための重要な手段です。この時期に私募を実施することは、上場前に必要な資金を確保するだけでなく、N期およびN+1期以降の爆発的な成長に向けた財務基盤を固めるためにも非常に重要です。

IPOにおける株価は、企業の成長期待が大きく反映されます。つまり、投資家は企業の将来的な成長ポテンシャルを評価し、それに基づいてバリュエーションが決定されます。PPを通じて、上場前に十分な資本を調達することで、企業はその成長ポテンシャルを実現するための強力な基盤を築くことができます。これは、単にIPOの成功を目指すだけでなく、IPO後の市場でのパフォーマンスや株価の上昇を支えるためにも欠かせない戦略です。

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また、上場前にPPを実施することで、特定の戦略的投資家や機関投資家から資金を調達し、彼らを早期からのパートナーとして迎えることが可能になります。これにより、企業は資本面での強化だけでなく、IPO後の事業拡大や市場シェア拡大に向けた支援も期待できます。特に、N期およびN+1期以降にさらなる成長を見据えている企業にとって、PPで調達した資金は事業投資や新規市場開拓、研究開発の加速といった、具体的な成長施策に投じることができます。

さらに、PPで得た資金を成長分野や新規事業に投入し、その成果をIPO時に明確にアピールできれば、投資家に企業の潜在的な成長性を強く印象付けることができます。これにより、IPO時のバリュエーションをより高く設定することができ、企業価値を大きく向上させることが可能です。上場後も、早期に調達した資金を活用して成長を加速することで、投資家の期待に応え、株価を押し上げる原動力となるでしょう。

PPは単なる資金調達手段ではなく、企業がIPO後に市場でリーダーシップを発揮し、持続的な成長を遂げるための戦略的なステップです。N期およびN+1期以降にわたる成長を加速させるためには、このタイミングでの資金調達が大きな役割を果たします。

Private Placementとは

改めて、Private Placementについて定義や調達側のメリット・デメリットをまとめてみましょう。

Private Placement(PP)は、一般公募ではなく、特定の限られた投資家を対象にして、非公開で株式や債券を発行して資金調達を行う手法です。この方法は、広範な投資家に株式を販売する公募とは異なり、よりターゲットを絞った資金調達手段として、成長企業やIPOを予定している企業にとって重要な役割を果たします。表現を変えると、IPO前の資金調達はすべてこのPPに該当することになりますが、今回は特にプレIPOラウンドでのPPに焦点を絞っています。

意義

プレIPOラウンドでのPPは、企業が成長段階で資金調達を行うためだけでなく、IPO前に著名な投資家を取り込むことによって、事業パートナーシップの強化やIPO後の安定的な成長を促進するマーケティング的な要素も含まれます。こうした関係構築は、IPO時のバリュエーションに好影響を与えるため、戦略的にも重要です。

メリット

  1. 柔軟な資金調達: 公募と比べ、PPでは規制が少ないため、企業はより柔軟な条件で資金を調達できます。たとえば、条件交渉や投資家選定の自由度が高く、企業にとって有利な形での資金調達が可能です。
  2. コスト効率: 公募と比較して、PPは開示義務や手続きが簡素化されており、コストを抑えた資金調達が可能です。これにより、短期間での資金調達を実現でき、迅速な対応が求められる場面に適しています。
  3. 株主構成のコントロール: PPでは、企業は戦略的に重要な投資家を選定できるため、株主構成のコントロールが可能です。企業にとって長期的な協力関係を構築できる投資家との関係を築くことができます。
  4. 情報管理: 非公開のプロセスで行われるため、競合他社や市場に詳細な財務情報を公開するリスクを回避でき、企業の戦略を守りながら資金調達が可能です。

デメリット

  1. 調達規模の制限: 公募と比べ、PPは調達できる資金額が小さくなりがちです。投資家が限定されるため、大規模な資金調達が必要な場合には適していないことがあります。
  2. 流動性の低さ: PPで発行された証券は流通市場での取引が制限されるため、流動性が低く、売却する場合は個別に相対取引が必要です。これにより、投資家の資金流動性が低下しやすくなります。
  3. 高いデューデリジェンスコスト: 投資家が少数であっても、PPでは投資家による詳細な調査(デューデリジェンス)が必要です。これは特に洗練された機関投資家や戦略的投資家において重要視され、調査コストが高くなる場合があります。
  4. バリュエーションの難しさ: 公募のように市場での明確な株価指標がないため、PPでの適正な企業価値の設定が難しく、企業や投資家双方にとって妥当なバリュエーションを決めることが課題となります。
  5. 将来的な株式希薄化の可能性: 大規模なPPによって新規株式を発行する場合、既存の株主に対する持分の希薄化を引き起こす可能性があります。これにより、企業の株主構成や支配力に影響を与える場合があります。
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主な投資家

PPの主な投資家としては、以下のような機関投資家や事業会社が挙げられます。

  • プライベートエクイティファンド(PE): レイターステージの企業に対して積極的に投資するPEファンドは、企業の成長を加速させるための重要な資金提供者です。
  • 機関投資家: 年金基金や保険会社といった機関投資家は、PPを通じて安定的な投資先を求めることが多く、企業にとって大口の資金提供者となることが多いです。
  • 事業会社(戦略的投資家): 企業とシナジーを期待する事業会社は、PPを通じて株式を取得し、戦略的提携を通じて事業拡大を目指します。

IPOとの関連性

PPは、IPOに直接結びつく資金調達手段としても利用されます。具体的には、IPOの1〜2年前に実施されることが多く、IPO時のバリュエーションの基盤を固め、信頼できる投資家からの参加によってIPO成功の可能性を高める役割を果たします。PPによってIPO前に戦略的な投資家を取り込むことは、IPO後の企業の成長にも寄与するため、IPO準備における重要なステップとされています。

Private Placementで期待される効果

Private Placement(PP)は、前述のとおり、上場準備段階での資金調達手段としてだけでなく、IPO後の成功に向けた重要なステップでもあります。ここでは、PPを通じて期待される主な効果を特に資金調達目線とIPO目線の両方の視点にフォーカスして解説します。

日本のベンチャー企業は、多くの場合、国内VC中心のラウンドであり、この選択肢一択だとどうしても調達金額に限界がありました。そのため、PPを資金調達手段として活用できることは、資金調達の選択肢を広げる点で非常に大きな特徴と言えます。

さらに、有力な投資家を株主に迎えることは、IPO時に他の投資家にとって重要な判断材料となり、投資家需要の極大化にもつながります。これらの有力投資家は、長期保有を前提に、事業に深い理解を持ちながら追加投資を行うケースも多く、企業にとって強力なサポーターとなります。

投資家にとってのPPの魅力とリスク

では、PPに対する投資家にとっての魅力とリスクはどういうものになるでしょうか。PPは投資家にとって高い成長潜在性と独占的な投資機会を提供する一方で、流動性の低さや情報の非対称性などのリスクも存在します。投資家はこれらの魅力とリスクを慎重に評価し、自身の投資戦略に合致するかどうかを判断し、意思決定を行います。

特に、高度な成長可能性と引き換えに高いリスクを取ることになるため、リスク許容度の高い投資家や、長期的な視点で投資できる投資家にとってより適した投資手法といえるでしょう。

投資家にとっての魅力

PPは、投資家にとって特定のメリットを提供する魅力的な投資手段です。特に、IPO前の成長段階にある企業に対して、独占的かつ柔軟な条件での投資機会を提供する点が大きな魅力です。

  1. IPO前の企業に早期段階で投資できる
    PPを通じて、投資家はIPO前の企業に対して初期段階から投資することができます。これにより、企業が成長する前に株式を取得するチャンスが生まれ、急成長フェーズの企業価値上昇の恩恵を受けることができる可能性があります。
  2. 上場前の企業に割安な価格で株式を取得できる
    公開市場での取引とは異なり、PPでは非公開企業の株式を比較的割安な価格で取得できる可能性が高いため、IPO後の株価上昇によるキャピタルゲインを得る機会が大きくなります。
  3. 大口投資の機会
    PPは少数の特定投資家を対象に行われるため、一般投資家にはアクセスできない大口投資の機会を得られます。特に、大規模な資金を投入したい投資家にとって、魅力的な投資手段です。また、これに伴って、投資先企業への影響力を持つことができる点も見逃せません。
  4. 独占的な投資機会への参加
    一般的な公開市場ではなく、PPを通じて投資することで、特定の企業に対する独占的な投資機会を得られます。これには、限られた投資家しか参加できない特別感があり、競争が少なく、企業の成長に大きく関与できる機会を提供します。
  5. 経営陣との直接的な関係の構築
    PPを通じて投資を行うことで、投資家は企業の経営陣と直接対話する機会を得ることができます。これにより、経営戦略や成長計画に対する理解を深め(場合によっては成長戦略に関与し)、企業のパートナーとして長期的な協力関係を構築することが可能です。

投資家にとってのリスク

一方で、PPには特有のリスクも存在します。未上場企業に投資するという性質上、投資家は通常の市場リスクとは異なるリスクに直面する可能性があります。

  1. 未上場株式による資金の固定化リスク
    PPを通じて取得した株式は未上場企業のものであり、流動性が極めて低いです。そのため、投資資金は長期間固定されるリスクがあり、投資家がすぐに売却して現金化することが困難です。
  2. バリュエーションの不確実性
    上場企業と違い、未上場企業の株価には明確な市場基準がなく、さらに開示情報が限定的であるため、適切な企業価値を判断するのが難しいことがあります。特に、企業の成長見込みに基づいて過大評価されているリスクが存在します。
  3. 将来の追加投資による希薄化リスク
    将来、企業が成長過程で追加資金調達を行う場合、既存の株主が持つ株式の希薄化が起こる可能性があります。これにより、投資家の持分比率が低下し、影響力が減少するリスクがあります。
  4. IPOが実現しないリスク
    企業がIPOを計画していても、経営状況や市場環境の変化により、IPOが実現しない可能性があります。この場合、投資家は未上場株式を長期間保有し続けなければならないリスクに直面します。
  5. 未熟な経営体制によるリスク
    PP対象となる企業は成長段階にある未上場企業が多いため、経営陣の経験不足や不安定な事業運営、未整備のガバナンス体制によって経営リスクが高くなる可能性があります。これは、事業失敗や業績悪化につながるリスクを高める要因となります。

<参考>

Uniforce+「ラウンドって何?シリーズA・シリーズBなどそれぞれのステージを理解しよう」
日本経済新聞2019年12月15日Web記事「国内新興企業に海外マネー流入 出資件数6年で10倍」
Tech. B Consulting「新しい資金調達 特定投資家プライベートプレイスメントとは」
スピーダ「スタートアップの成長フェーズを知る」

2024-09-16|タグ: , ,
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