決算早期化に関するエトセトラ

今手元にKPMGの大先輩である武田 雄治氏が執筆された代表作「経理の仕組みで実現する決算早期化の実務マニュアル」があります。武田氏自身、KPMG退職後、自らIT企業の経理部員として経理実務に携われた後に独立、他の会計士と違って自ら経理メンバーとして決算に取り組んだ実務経験というバックグラウンドを武器に、日本における決算早期化支援コンサルタントの第一人者として活躍されています。

上場会社のみならず、非上場の中小企業も含め、経理部門にはマネジメントから決算早期化の要望が上げられています。それこそ、「決算発表を早くしたい」という会社から、「試算表を月内に完成したい」という会社まで、レベルはまちまちです。

経理部門への期待としては、何を差し置いても“正確な決算”へのニーズが最も高いですが、そのアウトプットを出すスピードについても、やはり遅いより早い方がいい、そういう追加要望の一環として決算早期化が取り上げられています。

ここで「要望」や「課題」という言葉をあえて使ったのは、そうです、ほとんどの会社で決算の早期化が実現できていない、という現実があるからです。むしろ、年々やることが増えていく中で120%の力を振り絞って現状の決算スケジュールを死守している会社がほとんどではないかと思います。だからこそ、この決算早期化という目標実現のために、多くの人が試行錯誤し、武田氏のような専門家の力が必要とされているのだと思います。

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早期化阻害の原因の現場感覚

武田氏の著書をはじめ、多くの決算早期化に関する著書で言及されている『決算早期化を達成できない原因と解決策』。視点が決算全体ではなく作業単位になっていることや業務分担の偏り、業務フローの問題、アウトプットがバラバラなどの業務上の課題や、そもそも早期化実現に必要な人材の枯渇など、様々な事項が挙げられています。

もちろん、すべて決算早期化を阻害する原因の一つだと思いますし、事実、どの会社の経理担当者も「うちもそうだよな」と思う理由ばかりです。

ただ、現実には、この手の会計士が執筆した本ではサラッとしか扱われていませんが、上流工程(ビジネス部門)の整備が不十分であることや下流工程(経理部門)との繋ぎが脆弱である点が最も経理部門の工数を増やし、決算の精度向上に最も苦労する部分であるという点は強調しておきたいと思います。

この分野は経理・会計の知識があるからと言ってどうにかなる話ではありません。私が現在担当するクライアントにも、3名の実力派会計士が経理部門の中核にいますが、決算早期化の実現には程遠い状況です。そこにメスを入れない限り、いくらアウトプットを定型化したところで、全く早期化など図ることができない、というのが個人的な様々な経理高度化支援を通じて得た心証です。

恐らく、決算早期化について出版される多くの執筆者の皆さんも、その辺の事情をご存じの上で、そこは決算早期化よりも業務プロセス構築・内部統制の領域の話のため、その部分の記載を最低限にする趣旨で記載を簡便的にされているのだと思います。

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決算早期化の実現のためのBLTの活用

そんな中でグローバル企業やIT企業など、テクノロジーを活用する企業でひそかに流行の兆しを見せているのが、BLT(Business Logic & Technology)です。カチッと決まった定義はありませんが、大雑把に言えば

『ビジネスモデルを想定通り実現するためにテクノロジーを活用して構築するビジネスフロー』

に該当します。このBLTにおいて、会社の業務オペレーションの棚卸が否が応でも行われ、業務の精度向上、スピードアップのボトルネックになっている部分にメスが入れられることになります。経営の意思がテクノロジーを介して現場の末端の処理にまで落とし込まれるように再構築されることを目指しています。

これは当然、経理業務にも大きな影響を与えます。経営全体のスピードアップを実現するために経理のオペレーションも当然個別要件ごとに見直しが行われ、IT化が促進されます。それに伴い業務フローの再設計も行われますし、当然そこには内部統制(IT業務処理統制の色合いが特に濃い)の課題への対処も求められることになります。

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そうすると、経理の決算早期化はビジネスフローの影響を多分に受ける形になり、経理部門内の閉じた世界で対処しようとしても限界が出てくるように思います。昔と違ってサブスクリプションモデルなどの新しいビジネスモデルも出てきましたし、ビジネス部門でも数多くのシステムを導入し、そこから必要な情報を取ってくるという作業も必要になってきています。経理を含めたすべての業務でITの知識抜きでは効果的・効率的に作業ができないようになってきています。

ビジネス部門との整流化抜きでは決算作業を本格的に始める前に経理部門の方々が力尽きてしまう可能性もあります。それが昨今の決算早期化課題をより難しくしている原因なんだろうと思います。

決算早期化を実現するために必要な要素とは

以上を踏まえると、アウトプット資料の仕組化を実現して決算早期化を図る手段は、今後それほど大きな効果を上げない可能性が出てきます。BLTが必要とならない中小企業であっても、クラウド会計を用いて決算早期化を図ることも可能です。その場合でも、「経理システム」という経理だけの世界ではなく、ビジネス部門の協力がないとこの仕組みが上手くワークしないことになります。

よって、今後の会計人材の業務としての決算早期化はもっとビックピクチャーで業務プロセスの見直し、BLT実現の産物として産み出されるもの、という発想になっていくと予想しています。そのためには、ビジネスを理解し、効率的で統制的にも欠陥のない業務フローを構築する力、それもシステムを含めたテクノロジー要素を織り込んだ形でイメージできる能力が決算早期化には不可欠になってくると思います。

この領域だけを捉えば、サプライチェーンを含めてビジネス部門のことに精通したビジネスコンサル出身者の方が強みがあるようにも思われます。ただ、会計人材がここで強みを発揮できる、差別化できる要素が、「彼らにはない会計の専門知識を有している」という点です。

『こういう条件にしておかないとファイナンス・リースに該当してしまいますが、大丈夫ですか?』

このような発想は会計知識と業務プロセスに関する両方の知識がないと出てきません。よって、決算早期化についての世の会計専門家の方々のニーズは、会計分野の専門性、内部統制の知識、テクノロジーを含めたITへの精通、という総合格闘技ができれば、ますます力を発揮できる分野になる、と確信しています。

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