財務分析の先にあるもの
本日8月5日現在、Amazonの「経理・アカウンティング 」分野の 書籍の売れ筋ランキングの2位に位置するのが齋藤 浩史氏の渾身の一冊「GAFAの決算書 超エリート企業の利益構造とビジネスモデルがつかめる」です。
この本の発売に当たっては、私自身も本の監修者の1人として内容のレビューに関与させて頂きました。
GAFAという得体のしれない巨大企業を題材に、財務・決算分析を分かりやすく説明した1冊となっており、Amazonの評価も上々のようです。
特に「財務分析の入門書として良い」「読み易くて決算分析のコツが掴めます」等のフィードバックはその証左ではないかと思います。
一方で、決算分析の入門書として執筆した著者の意識として、この1冊で実務で使える分析力を磨くことまでは想定されておらず、まずは読者が決算分析のような、「ちょっと敷居が高い」と感じられている事柄に興味を持ってもらうことに焦点を置いていらっしゃいました。
確かに、専門的な見地から言えば、ツッコミどころはあります。比較する企業の規模が違い過ぎるし、楽天やソニーのように、ビジネスモデル・収益モデルを異にする金融業を有するグループ会社を切り離さず、一つの連結集団として分析してしまうことで、正直分析の有用性が損なわれるのも事実です。
また、ソニーを例に挙げても半導体、ミュージック、ゲームに家電といったそれぞれ数字の出方が異なるビジネスを有するコングロマリットを、単純にライバル企業だからとアメリカのIT企業と横比較するのは少し無理があるかな、という面もあります。
ただ、様々な会社のことを知りながら、決算書の読み方を学んでいける点では、他の本にはない魅力があるのは確かだと思います。
では、実際に、決算分析・数値分析ってどこまで使えるものなのでしょうか?ROEだROICだ、または回転率や利益率だ、と色々な分析指標があります。でも、この数字を算出して高い低いを比較したところで、どのような有用性があるのでしょうか?
個人的には残念に思うのは、財務分析に関する書物もたくさん世に出ていますが、上辺だけの分析に終始し、実務への活用が困難というものが多い印象を持っています。もちろん、他社をベンチマークにすることで自社の立ち位置が分かる、と言う有用な点があることは承知しています。しかしながら、数字を見せられたところで、「So what?」となるのが関の山だと思います。
では、財務分析を有効に生かすにはどうすればいいのでしょうか?
以前、大手総合商社伊藤忠商事のとある事業部門の若手社員向けに経営分析研修を実施する機会がありました。その時に伝えた。財務分析についてのメッセージはこちらです。
『一般的な経営分析をして、「在庫回転率が低い」とか「支払いサイトが長い」とか言ってもあまり意味がありません。真の会計リテラシーとは財務諸表を見て、その裏にあるリアルな経営をイメージできるかどうかです』
長年、経理決算に関連する仕事に携わってきた立場から、表面的な分析指標を語っても意味がないと思っています。前職では会計監査を長年担当してきましたが、監査業務では経験を積んでくると財務分析で異常値、すなわち「この数字、おかしくないか(これまでの理解からして説明がつかないのではないか)?」ということが見えてきます。もちろん、会社のビジネスへの理解や事業のメカニズム、数年単位の業績のトレンド、コスト構造などが頭に入っているからこそ見えてくる世界だと思いますが、分析をとおして、会社の実態がよりクリアに見えてくることが多かったです。
ある意味、分析力は想像力に近いものがあります。その想像力を発揮する材料となるのが、企業が公表する財務諸表になり、この見方を知っておかないと、そのビジネスの想像力を活かすことができなくなります。
かの有名な冨山和彦氏(経営共創基盤代表)がこのような名言を残されています。
財務諸表の1つであるP/L(損益計算書)はあくまでイマジネーションのきっかけである。問題は、その数字の後ろにどれだけのドラマを透視できるか。組織の実態や物語を投影しながら数字を見ていく
IGPI流経営分析のリアル・ノウハウ(冨山和彦著:PHPビジネス新書:2012/2/17)
財務分析をいくら極めてもこれから成長する企業は見抜けません。また、決算書からは業界の成長性や企業戦略、技術等の優位性に代表される無形の強みの源泉は読み取れません。そういう意味では、財務諸表分析にも限界があります。
ただ一方で、「財務諸表は企業経営者が作るもの」というのも真です。そこには日々の会社としての小さな意思決定の積み上げや、経営者としてのこだわりの戦略、過去からの商慣習、景気動向、そんなものが積み重なって出来上がります。
この本をとおして、決算書を通じた財務分析に興味が湧いた方々もいらっしゃると思います。「財務諸表が読めるようになった」で留まらず、是非その先にある生きた企業の歴史としてのその裏に脈々と流れるストーリー、リアルな経営を感じることを目指してください。言うは易く行うは難し、ではありますが、少しでもその実感を味わえるようになると、数字を眺めるのがもっと楽しくなってくると思います。
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