米国でのデュアル・クラス・ストラクチャーIPO
先日のコラム「中国企業の米国上場スキーム」で取り扱った滴滴出行(ディディ)について、上場の数日後、中国の規制当局は、同社のサイバーセキュリティの審査を開始することを発表し、ディディが中国で新規ユーザーを獲得することを禁止するとともに、さらに中国のアプリストアにディディを完全に削除するように命じました。この一連の動きに伴い、ディディの株価は急落し、米国証券市場に動揺が走りました。
さらにその数日後、中国の規制当局はディディの処罰を発表するとともに、海外上場を目指すほぼ全ての中国企業にサイバーセキュリティ審査を義務付ける新たなルールを発表。一気に米中対立が米国に上場している中国企業にまで波及する展開で、今後の動向が見落とせなくなってきました。今後も興味のある事項については、コラムとして取り上げていきたいと思います。
デュアル・クラス・ストックとは
さて、本日取り扱うテーマですが、ディディのIPOにおいて、VIEストラクチャーとは別に、もう一つ興味を引く事実がありました。以下は、2021年7月1日のロイターの記事の最後の一文の引用です。
創業者で、最高経営責任者(CEO)の程維(チェン・ウェイ)氏は6.5%の株式を保有。2種類の株式を発行する「デュアル・クラス・ストラクチャー」により議決権は35.5%持つ。
ロイター 2021/7/1 「中国配車最大手の滴滴が米上場、初値は19%高 時価総額684億ドル」
デュアル・クラス・ストラクチャー(厳密にはDual Class Stock structure : 以下「DCSストラクチャー」)、種類株式の1つですが、アメリカに上場するインセンティブにもなる制度として有名です。最近でこそ、香港やシンガポールでもこのDCSストラクチャーは認められるようになりましたが、かつては主要市場では米国の証券取引所以外では導入が認められておらず、この制度を活用するために、中国Eコマースの最大手アリババは、当時の香港(HKEx)を、世界的に人気のあるサッカークラブであるマンチェスター・ユナイテッドも当時のシンガポール(SGX)を蹴り、NYSEでの上場を選んだという経緯があります(その後、HKExもSGXも議決権種類株式の発行を可能とする制度に変更)。
さらに、「この制度の活用するために米国上場を選んだ」と公表しているのが、今年の春(2021年3月12日)にNYSEに上場し、Alibaba以来のメガIPOとなった韓国のECプラットフォーム大手のクーパンです。Korea Herald紙の2021年2月14日の記事「Coupang chooses NYSE for IPO to take advantage of dual-class share」で、韓国の証券取引市場では禁止されている、まさにこのDCSストラクチャーを利用するために上場先として米国を選んだことが明らかにされています。
韓国にあるCoupang Corp.(上場主体会社の米国法人Coupang Inc.ではない)ではクラスA株とクラスB株の2種類の株式が発行され、クラスA株は1株1議決権、クラスB株は1株29議決権を有し、このクラスB株式はKim CEOだけが保有しています。
テック企業でのDCSストラクチャー導入の広がり
日本証券経済研究所の名誉研究員である佐賀 卓雄氏の調査によると、米国でのIPO事例において、2010年~2014年のテック企業ではDCSを用いたIPOの比率は総IPO件数に対して9.8%だったのに対し、2015~2019年のIPOでは一気に35.8%まで増加していることが指摘されています。確かに、DCSストラクチャーを用いているテック企業、と言えば、AlphabetやFacebookがまず思い浮かびます。Alphabet、その傘下にあるGoogleは創業者のLarry Page氏とSergey Brin氏及び一部の経営陣で議決権の50%以上を確保しています。また、Facebookについても、創業者のMark Zuckerberg氏も、このDCSストラクチャーを活用し、過半数を超える議決権を確保しています。
ちなみに米国株をされている方にとっては周知の事実ですが、以下、2021年7月24日7時40分時点の米Nasdaqの時価総額のトップ6のランキングになります。グーグルの親会社であるAlphabetが2銘柄がランクインしていることはご存じでしょうか?
赤枠がその2銘柄ですが、同じAlphabetの名称であるものの、ティッカーシンボルが”GOOG”と”GOOGL”と別物になっています。これこそがまさに、今回のお題であるDCSストラクチャーによるものです。GOOG株はクラスC株で議決権がありません。一方、GOOGL株はクラスA株で議決権があります。そして、マーケットには出ていませんが、クラスB株も存在し、これは創業者2名と元CEOのEric Schmidt氏の3名のみが保有しています。議決権については、1株10議決権が付与されています。
この近年のIPO時に議決権に差のある複数の株式を発行する例が増加した理由については,創業者に経済的利得(キャッシュフロー)から乖離した割合の議決権を付与することにより,短期的利益志向の株式市場からの干渉(特にアクティビスト)を排除し、独自のビジョンを追求することを可能にすることができることから,結果的に企業価値の向上に寄与する、と説明されています。実際には景気回復、世界的な金融緩和による膨大な投資マネーの米国市場への流入により株高が進行し、テック企業の株価は上昇し続け、DCSストラクチャーを活用しているメリットがまさに体現する形となっています。
ガバナンスよりも企業価値
上記のとおり、テック企業の経営者を中心に重宝されているDCSストラクチャーですが、コーポレートガバナンス上、問題があることはかつてより指摘されてきました。
株式会社という制度では、1 株に平等に1 票の議決権を付与する「 1 株 1 票」(one share-one vote)が基本原則とされ、発言力を増したければ、それに見合って出資を増やす、という極めて明確なルールがあります。しかしながら、このストラクチャーは資本と議決権を分離するため、経営者の暴走に歯止めがかからないというデメリットも併せ持ち、昨今では記憶に新しいシェアオフィス「WeWork」を展開するウィーカンパニーの一連の騒動も、このDCSストラクチャーの弊害が顕在化した事例だと言われています。
また、機関投資家も様々な条件で差異がなければ、投資家は二重構造よりも単一クラスの株式を好む、という調査結果も公表されています。特にコーポレートガバナンスに重きを置く議決権行使助言会社のISS(Institutional Shareholder Services)などの機関は、特定の株主に不均衡な議決権を与える構造を好ましく思わないことも報じられています。
それでも、DCSストラクチャーに対する肯定的な意見が大勢を占めるのは、やはり株主への利益に繋がっているという実態でしょう。特に強力なエクイティストーリーと成長軌道を持つ、注目度の高いIPOのケースでは、DCSストラクチャー自体がIPOにおいて問題になることはほとんどありません。
また、単純に1株当たりに付与される議決権数に差をつけるだけではなく、例えば、長期保有する株主に対して議決権数を増加させるタイプや、ナイキが採用しているようなClass株式ごとに選任できる取締役会メンバー数の割り当てがなされているタイプなど、長期的視点での企業価値向上のために制度は「経営に適した」(Management-friendly) Dual-Class Votingとして評価される趣きがあります。
加えて、いわゆる「サンセット条項」と呼ばれる、DCSストラクチャーにあらかじめ一定の期限を設けたり,創業者や経営者の死去等の特定のイベントの発生に伴う制度の終了を定める条文を盛り込むことで、DCSストラクチャーの弊害をミニマイズし、機関投資家の理解を得る努力を行っている会社も存在します。
「皆さんを儲けさせてあげます。だから経営に口は出さないで」、そんなある意味、株式会社制度の例外を行く制度ですが、膨大な投資家マネー、高い株式の流動性に加え、創業者や経営者にとって経営の自由度を高めるDCSストラクチャーの存在は、依然として多くのベンチャー経営者に米国での上場を駆り立てる要素になるでしょう。
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