クイックに理解する「SPACのガバナンスイシュー」

前回4/18に投稿した”クイックに理解する「SPAC IPO」”は、たくさんのアクセスを頂き、多くの方に読んで頂きました。SPACはその後、米証券取引委員会(SEC)による会計指針の見直し表明などで、これまでの過熱ブームが一転、当局の規制強化の動きに対する警戒感が広がりました。(参考:日本経済新聞2021年5月3日:「空箱」上場曲がり角 米市場、4月9割減の13件

実際に、このSECからのガイダンス公表を受け、その後財務報告に関する書類を提出した4社(①Vertiv Holdings Co.、②FG New America Acquisition Corp.、③Altimar Acquisition Corp.、④Mallard Acquisition Corp.)の報告書には、過去に監査された財務諸表は

“Should no longer be relied upon.”
(もはや信頼してはならない)

との文言が含められていました。

実はSECは以前から、このSPACが抱えるリスクについて何度か声明を出してきました。今回は、このSECがSPACを通じたIPOに関して懸念しているリスクについて触れてみたいと思います。

写真:freepik.com

SPAC IPOの構造上のリスク

まずは、SPACは未公開企業を買収し、2年以内にその企業を上場させるという仕組みになっていることに起因するリスクを指摘しています。SPACのIPO後、2年以内にそれまでにM&Aに投資資金が使われなければ、SPACに集まった投資資金を出資した投資家に資金を返還しなければならない、という制度になっているため、SPAC側ができるだけ早くM&Aしなければならないというプレッシャーにさらされ、ビジネスの有望性だけではなく、ガバナンスや内部統制への配慮が疎かになってしまう、ということに対しての懸念です。これについては、従前から何度もステートメントを発表しています。

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上場企業に足る財務報告に関する内部統制の欠落

SECは、SPACのM&Aを通じて上場する非公開会社に対して、他の上場企業と同様に、適切な会計記帳、十分な経理体制を整えて、財務報告に係る内部統制の構築・運用を求めるSarbanes-Oxley法の要件を満たす必要がある、と指摘しています。

すなわち、毎年、財務報告に係る内部統制(ICFR:Internal Control over Financial Reporting)の評価を行い、開示しなければならない、とするいわゆる”US-SOX”への対応を求めるとともに、米国海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act)の遵守等、不正リスクを低減する体制を求めています。

この点について、特にSECが強調しているのは、SPACとその買収対象企業には、合併が完了し、それまで非公開だった企業が株式公開されているSPACの一部となった「その日」から、適切な会計帳簿と記録、ICFRの規定が適用される、ということでした。

つまりは、SPACとそのターゲット企業は、合併が完了する前に、上場企業に足る内部統制の整備・構築を完了しておかなければならない、ということを述べています。非公開会社でICFRにコストを掛けている会社は極めて稀でしょうから、SECがこれを本気で要求すると、ほとんどの会社が現状の短期間で上場は不可能になると言えるでしょう。

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会計基準の適用

また、SECはSPACとそのターゲット企業に対して、上場企業として必要な専門知識を有する経理人材を確保し、タイムリーで信頼性の高い財務報告を合理的に保証するために、いわゆる”GAAP”(一般に公正妥当と認められる会計基準)に準拠した財務諸表の作成・開示を求めています。

特にM&A完了後、数年が経ったのち、上場企業として開示が必須となる10-K(年次報告)や10-Q(四半期報告)で投資家が大損害を受けるような不適切会計(いわゆる粉飾)が明らかになり、株式市場が混乱する事態をSECは警戒し、SPACとそのターゲット企業に対して、公開前にICFRの潜在的な会計リスクを把握するよう警告しています。

SPACとガバナンスに関する懸念

SPAC IPOについて様々な問題が指摘される中で、個人的に最も深刻な課題だと認識している事項が、このガバナンスに関する懸念です。SPACに買収された未公開事業会社は、そもそも従来の伝統的な株式公開準備に着手していない会社が多く、SPACによるM&A手続きが完了した時点で、上場企業として最低限必要とされるガバナンス体制を構築していない可能性がある、とSECは警告しています。

新たに構成された独立取締役会と監査委員会を発足し、独立性を有する候補者を選出し、参加させ、彼らが会社の財務諸表、会計帳簿、内部統制の監査や独立取締役による役員報酬の監視などを適切に行うするためには、時間をかけた念入りな事前計画が必要、としています。しかしながら、SPACの期限切れによる投資資金の返還を避けるため、迅速に取引を成立させたい誘因に駆られ、ガバナンス強化は2の次、3の次に位置づけられる可能性がある、と懸念されます。

実際にSPAC総資産のほとんどが “Non-current assets held in trust “(信託口座にある現預金)であり、この資金は運用者は勝手に使うことができず、さらに期限内にM&Aが成立しなければ、投資家に払い戻される資産になります。

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また、従来の伝統的なIPOであれば、上場申請会社はForm S-1という書類を作成し、これをSECに提出します。日本でいうところの「目論見書」に該当するもの、になります。投資家が投資リスクを判断することができる様、この書類に記載する内容は法で定められており、この書類はSECが上場申請会社の上場要件の判断を下す際の1つの判断資料にもなります。つまり、従来のIPOであれば、SECに一定のコントロール力が備わっていることになります。

しかしながら、SPAC IPOの場合は、裏口上場の名のとおり、このプロセスがカットされています。上場の可否についてはSECではなく、SPACの株主が確認することになっています。

もう少し詳細に説明すると、SPACはターゲット企業との合併を行うため、通常、合併に対する株主の承認を求める必要があり、委任状(Form S-4)を作成して提出します。この書類には、提案されている合併の説明やガバナンスに関する事項など、株主の承認を求める様々な事項が記載されますし、また、その判断に資するように、過去の財務諸表や、経営陣による議論と分析(MD&A)、合併の効果を示すプロフォーマ財務諸表など、対象会社の財務情報も多数含まれます。株主はこれらの書類をもとに合併の是非を検討した上で可決すれば、晴れてターゲット企業が上場会社となります。

そうです、証券の番人として存在するSECと比較すると、SPAC創設者のカリスマ性や投機性を求めて出資した株主が、ターゲット企業の事業の将来性やガバナンス力を判断する力量を有することは極めて稀であり、監督機能は著しく低下することになり、ガバナンスが弱い会社が次々と上場してしまう、という不幸を生み出す結果になります。

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投資家を守るための度重なるリスクの注意喚起

SEC企業財務部門のジョン・コーツ部長代理は、SPACを設立して株式公開することは、「連邦証券法を回避するためのフリーパスではない」と強調しています。実際にPensions&Investmentsの記事『SEC official warns of SPAC risks』の記事によると、

“Concerns include risks from fees, conflicts and sponsor compensation, from celebrity sponsorship and the potential for retail participation drawn by baseless hype, and the sheer amount of capital pouring into the SPACs,”

(懸念されるリスクはSPAC IPOで発生する手数料、利害関係者のコンフリクト、スポンサーの報酬、著名人のスポンサーシップ、根拠のない宣伝文句に惹かれた個人の参加の可能性、そして、SPACに注ぎ込まれる膨大な量の資金など多岐にわたる)

「SEC official warns of SPAC risks」, April 09, 2021, by HAZEL BRADFORD

とされています。将来的にはSPAC IPOのための公正なルール作りや、Safe Harbor(セーフハーバー)が適用される場合のガイダンスなどを検討しているとのことです。このセーフハーバーとは、予め定められた一定のルールのもとで行動する限り、違法ないし違反にならないとされる範囲を示しますが、SPAC IPOにおいては、業績内容の開示内容が「故意の嘘」ではない限り、計画未達でも投資家に対する責任は免除されることになります。

従来の伝統的なIPOではセーフハーバー・ルールが適用されないため、計画未達の場合、会社や経営陣を訴えるリスクが高まりますが、SPAC IPOの場合は、計画未達の原因が「無謀な計画だった」「過失だった」と立証されない限り、民事賠償は回避できる、という不公平さを有しており、ここに将来的にはSECはメスを入れる、と宣言しているのです。

今や、各国で投資マネーを呼び込もうとSPAC上場解禁の是非について議論がなされています。お膝元のアメリカで何としてもSPAC絡みの不祥事の発生を避けたい、というSECの強い思いが伝わってきます。

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