クイックに理解する「エクイティ・ストーリーの作り方」

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の落ち着きから景気回復基調になったものの、資源高に代表される物価上昇からの金利上昇局面、さらに足元ではウクライナ情勢の悪化(戦争の勃発)で、株式市場も不安定な日々が続いています。

そして、その影響をモロに受けているのが世界的なIPOマーケットの低迷。日本市場を見ても、2022年が始まってたった3ヶ月で早くも去年1年間の合計を上回る7社が上場取消を行う事態に発展しています。特に酷いのが、東証マザーズ。関連指数である東証マザーズ指数は、昨年11月につけた直近高値から3カ月間で約4割下落し、浮上の兆しがない状況です。

また、Bloombergの2022年2月24日の記事で紹介されている以下のコメントどおり、少なくともウクライナ情勢が落ち着きを取り戻すまでは、主要なIPOの計画は棚上げされ続けると思われます。

“Timing is everything for an IPO,” said Susannah Streeter, analyst at Hargreaves Lansdown Plc. “Given the invasion in Ukraine has added fuel to the volatility we have seen on financial markets since the start of the year, plans for fresh offerings are likely to be shelved until calm returns.”
ハーグリーブス・ランズダウン社のアナリスト、スザンナ・ストリーター氏は「IPOはタイミングがすべて」と語る。「ウクライナの侵攻が、今年の初めから金融市場で見られる不安定さに拍車をかけていることを考えると、新たな公募の計画は、冷静さが戻るまで棚上げされる可能性が高い」。

”IPO Market Grinds to a Halt Amid Ukraine Invasion Volatility”, Bloomberg, 2022/02/24

そんなIPOに逆風の最中ではありますが、今回はIPOに不可欠な「エクイティストーリーの作り方」について、投資家が意識するポイントを中心にまとめてみました。

エクイティストーリーを理解する

『エクイティストーリーとは何ぞや』については、澤田 裕貴さんの「SaaS事業におけるエクイティストーリーの作り方」のnote記事がうまくポイントをまとめられていると思いますので、こちらを引用させていただくと、投資家に向けて会社の強みや特長、成長戦略などをわかりやすく伝えるためのストーリーをまとめたもので、調達完了後の資金使途や事業戦略、成長シナリオを投資家に説明し、魅力を伝えるものとなります。

このストーリーは自社のことをよく分かってもらう手段の1つでありますが、当社の企業価値、将来の株価を決める重要な要素になります。よって、このストーリーを用いた投資家とのコミュニケーションにより、投資家が納得し、出資するメリットを感じられるものになればなるほど、当社に対する期待値が高まり、結果として株価の上昇に繋がることが多いです。

そして、グロース企業であれば、当社が如何に「新市場を開拓するトップランナー」に位置づけられるかを投資家の評価ポイントに沿う形で打ち出していくことが必要となります。

エクイティストーリーで訴える内容の骨子

まず抑えておくべき基本的内容は、以下の図で示した3つの要素になります。

まず1つめは、上図の①『当社が属するマーケットの成長性』です。過去のコラムで扱ったTAMの大きさとも言えます。(市場規模指標「TAM/SAM/SOM」

前回、TAMについて「製品・サービスの総市場規模」と「想定しうる最大の成長性」と定義しましたが、まさに当社が所属するマーケットの成長性が高いことは、投資家に訴求するポイントになります。『新しいマーケットであり、高い重要が期待される』という点、また『既存のサービスに対する置き換え余地が広い』など、様々な形で高い市場拡張性の説明が必要になります。

あえてイラストではブルーオーシャンとレッドオーシャンを想起させる色使いにしてみましたが、当然ながら、マーケットが小さい、あるいは競争が厳しいと、将来の当社の成長を投資家に想起させるのは難しくなります。

2点目は当社が属するマーケット内での競争優位性のアピールです。これが②に該当します。例示としては、以下のとおりですが、ビジネスモデルが如何に他社と比較してもオンリーワンになっているか、投資家も関心のあるポイントになります。

  • 高い利益率を支える技術力等の競合優位性の発揮
  • 顧客の囲い込みが可能な高いスイッチングコストの存在
  • 顧客基盤やブランド力等、他社の追随を許さない先行者優位性の享受
  • ストックビジネスであれば、業績の安定に寄与する解約率の低さ(低いチャーンレート)
  • 他社が模倣できない原資である特許や優秀な人材等
写真:freepik.com

そして、3つめはそのポテンシャルが大きいマーケットで、競合優位性を発揮してどのように高い成長性を実現していくか、の戦略です。

この戦略の説明でよく使われる鉄板のポイントは大きく3つあります。

  • 安定的な収益モデル:特にストックモデルだと説明が容易
  • 多様な収益獲得手段の保持(収益多様化):ビジネスの拡張性について理解促進
  • 指標となるKPIの明示:トラックレコードから、将来の成長性が想起されやすい

3つ目はいわば「収益計上の予見性」ともいうべきもので、いくらTAMが大きく、競争優位性があったとしても、この将来の収益力・成長性が想起しにくければ、残念ながら、高評価に繋がりません。

過去の実績の積み上げから右肩上がりの将来を想起させるため、売上や利益の実績のほか、自社製品やサービスの導入企業数(あるいはマーケットシェア)の伸びや足元のパイプライン数等も説明材料として利用されます。

評価ポイントを踏まえた具体的なストーリーの骨子例

では、先ほど示した評価ポイントに沿って、実際にどのようにエクイティストーリーを構築できるか、について例を紹介してみたいと思います。ここでは、市場規模指標「TAM/SAM/SOM」でSOM実現のサポート資料をご紹介したfreee社を想定してストーリーを作ってみたいと思います。

freee社の2019年12月成長可能性に関する説明資料を参考に筆者作成

1ではFintech企業としての市場拡大のポテンシャルを訴求し、2において先行優位性の発揮・独自の差別化された技術力やソフトウェアを含めた総合力をアピールしています。そして、成長の蓋然性として、KPIを中心とした実績による裏付けを示し、投資家の頭の中に将来の成長した姿を想起させる作りにしています。

なお、『将来成長してこのような数字(パフォーマンス)になることを想定しています』と言えれば手っ取り早いのですが、上場申請会社は事業計画のような将来情報を投資家に直接開示できません。証券会社やセルサイドのアナリストに開示するのみになります。唯一の手段はセルサイドのアナリストが機関投資家に配布するプレディールリサーチレポート(PDRR)上で、アナリストが独自の判断で将来利益を記載するのみとなります。

よって、ビジネスモデルや過去のトラックレコードの説明という限られた材料を駆使して、如何に投資家に『この会社は伸びそうだな』と思わせるか(イコール高い時価総額を獲得できるか)、その腕の見せ所のツールがまさにこのエクイティストーリーとなるわけです。

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